ワシントン条約(CITES)とは
ワシントン条約(CITES / サイテス:Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora)とは、絶滅のおそれのある野生動植物の国際取引に関する条約のことです。
このワシントン条約では、絶滅の恐れのある野生動植物の貿易を制限することで、これらの種を保全することを目的としています。
一般的にはアフリカゾウ、トラ、パンダなどの陸上の動物を保護しているイメージが強いかもしれませんが、魚類であるサメ類も対象となっています。
ワシントン条約には、先進国及び発展途上国の多くが加盟しており、2022年3月現在で183ヵ国及び欧州連合(EU)が締約国になっています。
ワシントン条約では、絶滅のおそれがあり保護が必要と考えられる野生動植物を附属書Ⅰ、Ⅱ、Ⅲの3つの分類に区分します。
附属書に掲載された種について、それぞれの必要性に応じて国際取引の規制を行うこととしています。
ワシントン条約(CITES)の絶滅危惧種の基準とは
ワシントン条約(CITES)における絶滅危惧種の基準(クライテリア)は次のとおり。
- 個体数が少ない(5,000個体程度)
- 分布域が狭い(20,000㎢くらいが目安)
- 個体数の著しい減少(個体数の基準レベルから5〜20%の減少)
この3つの基準(クライテリア)のいずれかひとつに適合すると、絶滅危惧種と評価されて、附属書掲載への提案する要件を満たしているということになります。
絶滅危惧種と評価されたのち、ワシントン条約(CITES)締結国会議により審議されて、合意、または投票により3分の2の賛成を得られた場合、附属書に掲載されることになります。
ワシントン条約とサメ
サメが初めてワシントン条約の付録IIに含まれることになったのは2003年2月のワシントン条約第12回締約国会議です。
このとき、ウバザメ(Cetorhinus maximus)とジンベイザメ(Rhincodon typus)を付録IIに掲載されました。
ワシントン条約に掲載されたサメ類の一覧(2022年6月版)2022年6月22日時点版 (2022年7月7日修正)
記載基準 | 規制内容 | 対象種(例) | |
---|---|---|---|
附属書Ⅰ | 絶滅のおそれのある種で取引による影響を受けている又は受けるおそれのあるもの | 学術研究を目的とした取引は可能 輸出国・輸入国双方の許可書が必要 | サメ類の掲載はなし |
附属書Ⅱ | 現在は必ずしも絶滅のおそれはないが、取引を規制しなければ絶滅のおそれのあるもの | 商業目的の取引は可能 輸出国政府の発行する輸出許可書等が必要 | クロトガリザメ、ヨゴレ、アカシュモクザメ、ヒラシュモクザメ、シロシュモクザメ、オナガザメ属全種(ニタリ・ハチワレ・マオナガの3種)、ウバザメ、ホホジロザメ、アオザメ、バケアオザメ、ニシネズミザメ、ジンベエザメ |
附属書Ⅲ | 締約国が自国内の保護のため、他の締約国・地域の協力を必要とするもの | 商業目的の取引は可能 輸出国政府の発行する輸出許可書又は原産地証明書等が必要 | サメ類の掲載はなし |
参考資料:ワシントン条約附属書(動物界)令和4年6月22日時点(PDF形式:1,248KB)板鰓類(サメ類)は96〜97ページに掲載
ワシントン条約の留保とは
ワシントン条約締約国は、附属書に掲げる種について留保を付することができます。
ワシントン条約附属書Ⅱに掲載されたサメ類の全種類について、日本は留保しています。
留保を付した種については、非締約国として取り扱われることとなり、留保していない締約国との取引については、条約に従わなければなりません。
たとえば、非締約国の日本は附属書に掲載されたクロトガリザメのフカヒレの輸出をすることができます。
ところが、輸出先の国も留保していなければクロトガリザメのフカヒレの輸出は規制されるということになります。
現在、日本が留保を付している種は次のとおりです。
日本の留保種 | |
---|---|
附属書I | ミンククジラ、ミナミミンククジラ(クロミンククジラ)、イワシクジラ(北太平洋の個体群並びに東経0度から東経70度まで及び赤道から南極大陸までに囲まれる範囲の個体群を除く)、ニタリクジラ、ツノシマクジラ、ナガスクジラ、カワゴンドウ、オーストラリアカワゴンドウ、マッコウクジラ、ツチクジラ |
附属書II | クロトガリザメ、ヨゴレ、アカシュモクザメ、ヒラシュモクザメ、シロシュモクザメ、オナガザメ属全種(ニタリ・ハチワレ・マオナガの3種)、ウバザメ、ホホジロザメ、アオザメ、バケアオザメ、ニシネズミザメ、ジンベエザメ、タツノオトシゴ属全種、ホロトゥリア・フスコギルヴァ(クロナマコの一種) |
日本はなぜサメ類を留保するのか
日本がサメ類を留保している理由は次のとおり。
- 絶滅のおそれがあるとの科学的情報が不足していること
- 地域漁業管理機関が適切に管理すべきこと
ワシントン条約は予防原則に基づいています。
予防原則とは、絶滅のおそれが科学的に実証されなくても、費用対効果の高い対策を立てるということです。
予防原則の考えに従うならば、絶滅のおそれがあるとの科学的情報が不足していることを理由に日本がサメ類を留保していることについては説得力がないようにみえてしまいます。
水産庁の資料によると、日本におけるサメの水揚げ量の9割を占めているのは、ヨシキリザメ、アブラツノザメ、ネズミザメ、アオザメの4種です。
つまり、日本が留保しているサメ類のうち、アオザメのみが日本で多く水揚げされているサメということになります。
クロトガリザメ、ヨゴレ、アカシュモクザメ、ヒラシュモクザメ、シロシュモクザメ、オナガザメ属全種(ニタリ・ハチワレ・マオナガの3種)、ウバザメ、ホホジロザメ、バケアオザメ、ニシネズミザメ、ジンベエザメについては、日本におけるサメの水揚げにはほぼ関係のないサメなので、なぜ留保するのかということに個人的には疑問を感じるばかりです。
また、水産庁の資料「サメ類の保護・管理のための日本の国内行動計画(6ページ)」の日本の漁船が行うサメ類の保存管理措置には次のようなことが記されています。
中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC) 管轄水域(中西部太平洋海域) | ヨゴレ、クロトガリザメの採捕禁止 |
---|---|
全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC) 管轄水域(東部太平洋海域) | ヨゴレの採捕禁止 |
インド洋まぐろ類委員会(IOTC) 管轄水域(インド洋海域) | ニタリ、ハチワレ、マオナガ、ヨゴレの採捕禁止 |
大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT) 管轄水域(大西洋海域) | ハチワレ、ヨゴレ、シュモクザメ科(ウチワシュモクザメを除く)、クロトガリザメの採捕禁止 |
海域によっては、ワシントン条約では留保としているヨゴレ、クロトガリザメ、ニタリ、ハチワレ、マオナガ、シュモクザメ科(ウチワシュモクザメを除く)について採捕禁止と記載されているのです。
これらのサメを捕獲禁止にするなら何のためにワシントン条約では留保にしてしまうのでしょうか。
海からの持込みとは
附属書Ⅱへ掲載されているサメ類の魚体、鰭などを含む一切の派生物を貿易する際は、輸出国による輸出許可書の発給が必要となり、公海域で採取し自国に持ち帰る行為についても証明書の発給が義務付けられています。
このことを「海からの持込み」といいます。
日本の場合は附属書Ⅱへの掲載に関して留保を付しているため、締約国に輸出する場合には輸出許可書が必要となるものの、海からの持込みについての証明書の発給は不要となっています。
海からの持込みについては漁業だけではなく、研究に関わる持ち出しであっても適用されます。
たとえば、生きたジンベエザメから採取した血液サンプルだけをエクアドルから日本に研究目的で持ち帰るという場合でも、国際的な取引としてワシントン条約で規制されてしまうため、研究を目的とした輸出入許可の手続きをとり、輸出国の政府から輸出許可書を発行してもらう必要が出てきてしまいます。
この場合、日本に持ち帰ることなく(輸出しない)、エクアドル国内で分析をすれば規制対象ではないため、手続きをする必要がなくなります。
参照:「沖縄美ら海水族館はなぜ役に立たない研究をするのか?」
ワシントン条約の付属書IIに掲載されてしまっても、実際に貿易そのものが規制されるわけではありません。
手続きをして、輸出許可書を発給してもらうことで、自国に持ち帰ることができるようになります。
2022年ヨシキリザメが規制対象に?
2022年のワシントン条約の締約国会議では新たにサメの規制が提案されており、日本での漁獲量が多いヨシキリザメもその対象になっています。
その提案の理由は、ヨシキリザメは資源的には問題はないが、現在掲載されている4種のサメと外見が似ており、識別困難なのではないかということで、まとめて規制しようということだそうです。
食文化としてのフカヒレ産業をもつ日本としては、サメの規制を全部留保することで諸外国に舐められないように強気の外交をしているという一面もあるのかもしれませんし、日本が漁獲している他のサメにも規制が広がっていくことを警戒しているのかもしれません。
ヨシキリザメの規制の件について日本はヨシキリザメの管理に関する情報を提供し、この提案を支持しないことのことです。
今後の経過を見守り、アップデートしたいと思います。
2022年11月メジロザメ科が附属書Ⅱに
A vote on proposal 37 to list all requiem sharks on CITES Appendix II has just been passed by a 2/3 majority in Committee I of #CITESCoP19. If accepted by the plenary session on Thursday or Friday next week it will come into force with a delay of 12 months pic.twitter.com/f6Q2vsc4jw
— CITES (@CITES) November 17, 2022
2022年11月、第19回ワシントン条約締約国会議にて、メジロザメ科のサメ全種(11属60種)、シュモクザメ科のサメ(2属9種)がワシントン条約の附属書Ⅱに記載されました。
ヨシキリザメは準絶滅危惧種(NT / Near Threatened)ですが、メジロザメ目メジロザメ科のサメなので附属書Ⅱに記載されます。
日本やペルーはヨシキリザメについて、見た目の識別が容易なこと、資源状態が良好であることを理由に掲載を反対したものの、否決。
ワシントン条約では、附属書Ⅱ掲載種と外見が似ていて、取り締まり当局が識別困難な恐れがある種も掲載の基準になるため、いたしかたないですね。
日本にとっては、漁獲されるサメの半分を占めるヨシキリザメも含まれているのでマイナスのように受け止められるかもしれません。
しかしながら、年間で約700億円に上るフカヒレ取引の半分以上を占めているのが、メジロザメ科とシュモクザメ科のサメたちです。
日本では、ワシントン条約で規制を阻止したいという空気を感じることが度々ありますが、ワシントン条約の付属書IIは商業取引を禁止するというわけではありません。
手続きによって国を許可書を発行してもらえば自国に持ち帰ることができるようになります。
また、輸出する際に国が発行する許可書が必要となることは取引が透明化するということを意味します。
そのため、不正することができなくなるので、サメ類への保全へとつながっていくというメリットがあります。
今回の一括掲載はサメたちにとっては明るい未来の兆しになるのではないでしょうか。
ワシントン条約に掲載されたサメ類の一覧(2022年11月版)2022年11月28日版
記載基準 | 規制内容 | 対象種(例) | |
---|---|---|---|
附属書Ⅰ | 絶滅のおそれのある種で取引による影響を受けている又は受けるおそれのあるもの | 学術研究を目的とした取引は可能 輸出国・輸入国双方の許可書が必要 | サメ類の掲載はなし |
附属書Ⅱ | 現在は必ずしも絶滅のおそれはないが、取引を規制しなければ絶滅のおそれのあるもの | 商業目的の取引は可能 輸出国政府の発行する輸出許可書等が必要 | クロトガリザメ、ヨゴレを含むメジロザメ科のサメ全種(11属60種)。アカシュモクザメ、ヒラシュモクザメ、シロシュモクザメを含むシュモクザメ科のサメ(2属9種)。オナガザメ属全種(ニタリ・ハチワレ・マオナガの3種)、ウバザメ、ホホジロザメ、アオザメ、バケアオザメ、ニシネズミザメ、ジンベエザメ |
附属書Ⅲ | 締約国が自国内の保護のため、他の締約国・地域の協力を必要とするもの | 商業目的の取引は可能 輸出国政府の発行する輸出許可書又は原産地証明書等が必要 | サメ類の掲載はなし |
サメとワシントン条約の歴史
1994年
第9回ワシントン条約締結国会議(CoP9)フォートローダーデール会議にて、サメ取引や生物学的情報に関する情報を収集することが採決。
2002年
第12回ワシントン条約締約国会議(COP12)サンティアゴ会議にて、ウバザメとジンベイザメを附属書IIへ掲載。
2004年
第13回ワシントン条約締約国会議(COP13)バンコク会議にて、ホホジロザメを附属書IIへ掲載。
2010年
第15回ワシントン条約締約国会議(COP15)ドーハ会議にて、アカシュモクザメ、シロシュモクザメ、ヒラシュモクザメ、メジロザメ(ヤジブカ)、ドタブカ、ヨゴレ、ニシネズミザメ、アブラツノザメを附属書に掲載するという4つの提案が提出され、8種のサメを附属書IIに含めることが提案されましたが、否決。
2013年
第16回ワシントン条約締約国会議(COP16)バンコク会議にて、ニシネズミザメ、アカシュモクザメ、シロシュモクザメ、ヒラシュモクザメ、ヨゴレを附属書IIへ掲載。
2016年
第17回ワシントン条約締約国会議(COP17)ヨハネスブルグ会議にて、オナガザメ、クロトガリサメを附属書Ⅱへ掲載。
2022年
第19回ワシントン条約締約国会議(COP19)パナマシティ会議にて、メジロザメ科のサメ全種(11属60種)、シュモクザメ科のサメ(2属9種)をワシントン条約の附属書Ⅱへ掲載。
参照:History of CITES listing of sharks (Elasmobranchii)
参考書籍:中野秀樹、高橋紀夫『魚たちとワシントン条約』 文一総合出版、2016年。
中野秀樹『海のギャングサメの真実を追う』交通研究協会、2007年。
参考サイト:CITES
外務省『地球環境 ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)(CITES(サイテス):Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora)』
経済産業省『ワシントン条約について(条約全文、附属書、締約国など)』
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